里中満智子というと「天上の虹」が代表作ですが、こっちのほうがグサッと刺さるという意味で、とても個人的には重要な作品だと思います。
女帝・孝謙(称徳)天皇の生涯を描いた作品です。
女帝の目線から描いた、愛憎と権謀術数渦巻く古代の朝廷の人間模様。
と書くと、よくあるドロドロ史劇かな、と思われるかもしれませんが、ちょっとちがう。
この漫画の特異点。
それは、女帝が、藤原氏の期待を一身に背負っているがゆえに、女性として抑圧されている、という点。
強すぎる母・藤原光明子の厳しい監督のもと、ほかに皇室の男子がいるというのに、女性ながら皇太子として生きねばならない、その不自然さ。
感受性の強い女帝は、周囲の欺瞞にふりまわされます。
母・光明子が強すぎる一方で、父(聖徳天皇)は気が弱く、陰謀で殺害してしまった王族の祟りをおそれて、仏教にすがる。
聖徳天皇の弱さに失望したこと、藤原氏の力をバックに才覚をふるう美しい母の醜聞のうわさ(あくまでうわさ)などから、女帝は男性に対し、嫌悪感を持つようになる……
と書くと、なんだ、フェミニズム的な作品なのか、と思われますが、ちがうのです。
女帝の男性に対する嫌悪感というのが、これまためちゃくちゃリアルで、たとえば、男性くささを感じさせないインテリの家庭教師・吉備真備には心を許せる。
一方で、男性くささ全開の、陰謀家で権勢欲のかたまりの藤原仲麻呂には強い嫌悪をおぼえるのです。
が、しかし……と、ここからが、展開が激しくなっていきます。
仲麻呂は、客観的に見ると、悪いやつなんですが、女帝は母親へのコンプレックスと、自身の寂しさ、恐れ、悲しみ、苛立ち、そういったものに襲われて、どんどん傾倒していってしまう。
だめだよー、と読んでいると思うのですが、一方で、わかるなあ、その気持ち、と思ってしまう面もあり。
本作は、人の弱さを淡々とえぐっていきます。
途中で挟まれる、鏡を見ていて、ふと、しわやシミに気付き、自分が若くないと気づかされるエピソード、蝉が鳴く理由が繁殖相手を求めてのことと聞いて「くだらない」とつぶやくエピソードなどなど、すべてがグサッとくる。
光明子は女帝のすべてを見抜いており、死ぬ直前まで彼女を抑圧しつづけるのですが、その死後、さらなる波乱が起こる!
そう、道鏡の登場。
どうなる、女帝?!
人によるかもしれませんが、わたしはこの漫画を読んで、女帝とおなじく、「憑き物が落ちたようだ」と思いました。
男性観が変わります。
どういう心理状況だと、悪いやつだと知っていながらも、おぼれてしまうのか、そのあたりもよくわかります。
いや、おぼれたことないけれど……ただ、スケールこそちがいますが、ホストにハマる心理も似たようなものじゃないかと。はまったことないけれどね。
悪いやつは、悪いやつなんですよね、結局、自己中心的で、「わたしにだけ優しい」なんてことはない。
悪いやつほど魅力がある、なんてよく言いますけれど、そういうタイプは、人をだますことしか考えていないので、いくらでも魅力的な自分を演じられるのです。
それがわからず、振り回される女帝が、ふと現実に気付かされるシーンなどもあり、読んでいてため息が出ます。
ただ、救いもきちんとあって、後世では怪僧と言われてきてしまった道鏡が、そうではなく、というところが、ポイント高し。
しかし、大きなしくじりをしないと、本当の意味で人を見る目は養われないものなのだろうか……
怖い話であると同時に、よくある話であり、女性にはとくに読むのをお勧めしたい漫画。
男性に対して、一種の苦手意識を持っている女性の葛藤を余すことなく描き切り、なおかつ、母の影響を脱し、自らの意志で歴史を動かしていく力強い姿も楽しめます。
ともかく心理描写が巧みで、あくまで漫画なのですが、史実もこうであったのかな、と思わせる強い説得力。
いや、男性とか女性とか普段から意識しないで生きているけど? という人にも、上質の史劇としておすすめです。
中央公論社から文庫版全4巻が出ています。
女帝が重祚するシーンは、何度読んでもスカッとします。
0 件のコメント:
コメントを投稿