2021年6月4日金曜日

チョコレートコスモス 恩田陸

 作者があとがきで書いているとおり、「ガラスの仮面」のオマージュにして、オーディションシーンに重きを置いた作品。

模倣の天才、佐々木飛鳥と、芸能界のサラブレッドにして実力派女優の東響子を軸に、ドラマは展開していきます。

 


飛鳥が、なかなか曲者で、おそらくわざとなのでしょうが、彼女が舞台で「おどろきの演技」をするさいに、彼女自身の心情がわからないように記述されています。

しかも、天才であるという前提があるがゆえ、飛鳥は応援しづらいキャラクターとなっています。

北島マヤが、天才であるけれども、舞台を降りるとダメ人間、という愛嬌のある設定とは、ちょっとちがう。

飛鳥も、ちゃんと過去の学生時代の様子とか、長く記述されているんですが、舞台での演技が特異なもので、どうしてそれをしているのか、という心情描写がないだけに、なんだか得体のしれない少女、という印象が濃くなっています。


それと、「ガラスの仮面」の紅天女をめぐる演技合戦のほかに軸となっている恋愛要素のようなものは、この作品では、(続編があるらしいので、そこで描かれるかもしれないですが)出てきませんので、そこが、決定的にちがうところ。

なので、「ガラスの仮面」で紫のバラのひとはどうでもいいから、舞台の話をはよ、と思っていた方にはぴったりな本作。


ちなみに、わたしは姫川亜弓派ですので、今作も東響子に惹かれました。

根性のある地に足のついた人を読むのは気持ちがよいです。

東響子が誇り高いばかりでなく、嫉妬によっても動くところがいいです。

ネタバレになるので詳しく書けませんが、嫉妬によって動いた結果がおもわぬことに、という胸のすく展開→どんでん返し、というのも、また、すごいです。


一方の飛鳥は、短期間でレベルの高い演技を披露できるまでになった天才なんですが、そこがなんだか人間らしさがなくて、危なっかしいといいますか……その「危うさ」を、もちろん作者は見逃しておらず、しっかり書き込んでいるところもポイントが高いです。

人々の形態模写から演技をはじめた飛鳥。

この模倣者という点で思い出すのは、「ガラスの仮面」よりむしろ「アラベスク」のほうでした(なつかしいでしょ? 山岸凉子先生の大傑作バレエマンガ)。

「アラベスク」の主人公のノンナは努力する天才で、泣いて泣いて、泣きつくしてそれでも努力して高みに到達する、努力をやめない人。

ライバルとして第二部に配されるヴェータという少女は、徹底した模倣者で、どんなダンサーの踊りもみごとに再現できる。

けれど、模倣者の哀しみで、「自分の踊り」ができない。

エリート学校で一流の教師に教わってきたノンナとは対照的に、地方在住の独習者であったがため、徹底した模倣者になるほかなかった、という設定で、「アラベスク」の作品のなかで、なかなかシビアな退場の仕方をします。


佐々木飛鳥の場合、作者はこの模倣者の哀しみをわかっていて、それをなお越えさせようとしているところがいいです。

そこが、次作への期待につながっているところも、いいなあ、と思えるところ。

もしかしたら、飛鳥は本能と勘のまま自然にできていた演技について「考える」ようになってしまい、混乱の深みにはまってしまうかもしれない。

その危険もはらみつつ、未来へ歩き出す。

さあ、これからどうなる? と、ドキドキしながら続きを待てるところも面白い。


あれ、なんだかんだと飛鳥にも感情移入しているんだなあ……


個人的には、東響子が「欲望という名の列車」の舞台のうえで、ヒナギクを幻視するシーンがすごくぞくぞくしました。

さらに畳みかけるようにして、響子の相手役として舞台に飛鳥が登場!

そしてさらにヒナギク! ヒナギクの二段重ね!

なんのこっちゃ、というのは、読んでのおたのしみ。

厚めの本ですが、退屈しませんでした。

早く続きが読みたいなあ。

0 件のコメント:

コメントを投稿