不満のない生活を送りながらも、どこか満ち足りないものを抱えている主人公のハジメは、初恋のひとだった幼なじみと再会する。
しかしその幼なじみの「島本さん」は謎めいていて、既婚の主人公は島本さんに惹かれていくものの……というドキドキの恋愛小説。
※ここからネタバレあり※
この小説には四人の女性が出てきます。
「雨音はショパンの調べ」の世界に出てきそうな謎の美女でハジメの幼なじみ・島本さん。
ハジメの良妻・有紀子。
ハジメが学生時代に傷つけてしまい、その後、病んでしまった悲しい女性・イズミ。
ハジメの娘の幼稚園の送迎で顔を合わせる260Eに乗った女(名前は記載されず)。
終わり方がねえ、非常にもやもやーっとする終わり方で、ハジメと同じように、朝が来たけれど、どうすりゃいいの、という感覚を味わえました。
そりゃあ、あんな不可思議な状況に放り込まれれば、だれだって身動きできなくなる。
謎すぎる島本さんの行動とその背景、消えた十万円の謎、唐突にあらわれたタクシーにのったイズミの謎……
謎が閉じない、このモヤモヤ感。
でもって、このハジメが、いかにも村上作品の主人公らしい平板な人物で(平凡ではない、いい暮らししてるもの)、この人しかいない、というくらいに島本さんを愛していながらも、必死になって彼女のすべてを得ようと努力することはないところが、またモヤモヤ。
いや、いい大人なんだから、そんなにガツガツしないものなのだろうけれど、行動しないやつだなあ、と。
そこがリアルで、リアルさの対として島本さんにまつわる不可思議な謎が存在するところが、この小説の面白さであり、村上作品の魅力なのだ、といったら、そうなんですけれども。
主人公が上品なジャズバーの経営者で、さして生活に苦労している感じがないのも、恋愛を際立たせるための装置なのだと考えると、なるほど、そういう設定しかないな、とも思いました。
だって、主人公が大衆居酒屋の大将で流しの歌手がやってきては「雨の慕情」を唄っていくとかだったら、なんか違う話になっちゃいますよね(あれ、面白そうだぞ)。
ミステリーファンには、「謎が解決しないぞ!」と怒りを買いそうな本作。
ラストの一行が「誰か」になっているのがさらにモヤモヤ感を増幅しています。
「誰か」って、イズミが復讐しにきたんじゃない? というのは、ホラーすぎるでしょう。
わたしは素直に有紀子だろうなあと思いました。
って、そういう風にいろいろ想像できる余地を残してくれるところもいいところ。
で、妄想してみました。
この小説をもとにノベルゲーを作ったら面白いのではないか。
ノーマルエンド→有紀子ルート
バッドエンド→イズミルート
隠しルート→260Eの女ルート
トゥルーエンド→島本さんルート
というふうにエンドが4つあって、3つのルートをクリアしないと、トゥルーエンドにたどり着かない構成になっているとか、どうでしょう。
有紀子のルートは小説通り。
イズミのルートは、「有紀子と和解しない」を選択するとたどり着くルート。
島本さんルートは、「島本さんを尾行する」→「十万円を受け取る」の分岐で「受け取らない」を選択し、別荘のルートで一夜をともにしたあと、「眠らない」を選択すると出てくるルート、とか(十万円の処遇については、異論もありそうですね)。
あー、見たいなあ、島本さんルート。
謎が解ける瞬間を味わいたい!
というか、この小説は、あくまで「有紀子ルート」をベースにした前振りで、じつは村上氏の頭の中には「トゥルーエンド」ともいうべき「島本さんルート」があるのかもしれない!
発表はされないだろうけれどもね、あったとしても。
いや、ちがう形で発表してくれないだろうか。
いろいろ余韻を残す小説で、妄想も暴走。
とっても面白かったです。
(真面目に考察するならば、島本さんと一夜をともにしたことをトリガーに、ハジメはちがう世界線に移動したのだ、とも考えられる……ってシュタゲか、それは)
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